動物園での行動調査(1)環境エンリッチメントを評価する
動物園でおこなう、飼育動物の行動調査の方法についてまとめた原稿を掲載します。
もとは以下の原稿で、今回のウェブ掲載に合わせ、少しだけ加筆、修正しています。引用の際には、以下の出典を明記してください。
動物園での行動調査法:環境エンリッチメントを評価する
落合-大平知美 (2001) The Professional Keepers vol. 7, Number 3, pp8-15.
なお、同じ雑誌(The professional Zookeepers 関西の動物園飼育担当者らで制作されていた冊子です)で、1998年に”環境エンリッチメント”という言葉がとりあげられた原稿についてはこちらにまとめてありますので参照してください。
この原稿は、”環境エンリッチメント”という言葉が本や新聞、そして動物園の会議などで取り上げられるようになってきた2001年に掲載されています。
環境エンリッチメントには評価が必要!
日本でも多くの動物園で、さまざまな動物を対象に、環境エンリッチメントが取り組まれています。
おもちゃを与えたり、床にウッドチップを敷いたり、夏になると「動物に果物の入った氷をあげる」という話も耳にするようになりました。
また、新しくできる動物園の展示を紹介する文章の中に、”環境エンリッチメントに配慮した”という言葉を見ることもあります。
今まで個々の飼育担当者でおこなわれてきた動物の飼育環境に対する取り組みが、エンリッチメントと名付けられ、組織だっておこなわれるようになったといえるでしょう。
しかし、こうしたエンリッチメントの取り組みとともに、その取り組みや結果に疑問を感じる声も聞かれます。
「本当に動物にとって良いのだろうか?」
「どのように効果を判定すればいいのか?」
「判断材料となるデータはどうやって取るのか?」
などです。
そこで今回は、エンリッチメントを評価する方法の一つである、行動調査法について、簡単に紹介したいと思います。
エンリッチメントを評価すべき理由
環境エンリッチメントは、
「動物福祉の立場から飼育動物の”幸福な暮らし(psychological well-being)”を実現するための具体的な方策」
です。
そのため、環境エンリッチメントとは”動物の福祉を促進させるもの“でなければなりません。
しかし飼育動物は、なされた環境エンリッチメントに対して、「住みやすくなった」などと感想を言ってくれません。
したがって、その評価には何らかの客観的な方法を使う必要があります。
飼育員や来園者が、「なんだかよくなった感じがする」「たまに利用しているのを見かける」などと感想を言うだけでは、客観性や説得力、アピールにかけます。
「ケガの割合が何%減少した」「動物の活動割合が何%変化した」などと、客観的、定量的に評価する必要があるでしょう。
エンリッチメントの評価方法
エンリッチメントを評価する際には、何らかの尺度を設定してそれを客観的に測定する方法が取られます。
動物から血液を採取し、ストレスに関連するホルモンの変動を測定するといった生理学的方法もありますし、体重の増加や体の発育、繁殖成功率などを指標とすることもできます。
動物の行動を直接観察し、動物のケガの頻度や異常行動の割合を指標にすることもできます。
動物園でのエンリッチメントの評価によく使用される方法の1つは、動物の行動を調べることです。
動物の行動を観察し、エンリッチメント前と比べてその行動が、どれだけ生息地に住む動物の行動に近づいたかで評価します。
動物園での動物展示は、現在、その動物が暮らす生息環境を再現し、動物が野生本来の行動を発現できる環境を整える方向に進んでいます。
動物の行動がどれだけ野生のそれに近づいたかを評価するこの方法は、エンリッチメントの評価法として一番ぴたりとくるのでしょう。
そこで次に、この評価方法をおこなうための定量的な行動データをどのように収集するかについて、簡単に説明します。