環境エンリッチメントって?(4)PK誌より

4、私と環境エンリッチメント

4.1 チンパンジーの放飼場に植樹 

ここで自分自身の研究について紹介したいと思います。

私が調査した京都大学霊長類研究所のチンパンジー放飼場には、約60種380本以上の樹木が生育しています。

従来チンパンジーの放飼場に、電気柵などで守らない樹木を生育させることは不可能だと考えられていました。
しかしそれが可能になったのは、他の様々なエンリッチメント(巨大なジャングルジム、小川、岩、様々な種類の玩具など)が十分に効果を果たしているためだと思われます。

約700m2の面積の放飼場には、高さ8mになる鉄骨と丸太とロープで出来た巨大なジャングルジムがあり、複雑な三次元空間を作り出しています。
今夏には、ジャングルジムの高さは15mにまで増築される予定です。

小川には鯉やどじょうが泳ぎ、麻袋やプラスチックの玩具がたくさん与えられています。
チンパンジーは高いところに登るのが好きです。野生チンパンジーでは1日の活動時間の50%以上の時間を樹上で過ごします。

従って、飼育下にジャングルジムがあれば、彼らは喜んでそちらに登り、木はいためません。

玩具の導入も、樹木の過度の使用を緩和したと思われます。

季節の変化に伴い、様々な植物の花が咲いたり実がなったりし、チンパンジーはそれらを自由に利用しています。調査の結果より、樹木や植物の導入は採食時間を引き延ばし、ベッド作りなどチンパンジー固有の行動を引き出したことが分かりました。

また、日本モンキーセンターに同様の方法で植樹を行いました。

これも既に2年が経過しましたが根付いています。こうした調査から、チンパンジーの採食には選択性のあることが分かりました。

ヒノキやマツといった裸子植物はまったく食べませんでした。被子植物はニレやブナは非常に好きですが、サザンカやヒサカキは食べませんでした。
また、食べる植物と食べない植物の選択性は、その植物の科ごとにまとまっているので、事前に推測することが可能でした。

これらの結果についてパンフレットを作りました。ご希望の方にはおわけしますので、文頭の連絡先まで御一報ください。

4.2 第3回国際環境エンリッチメント学会 

環境エンリッチメントの研究は日本ではあまり聞きませんが、世界ではさかんに研究されはじめています。

1997年10月にアメリカのフロリダで第3回国際環境エンリッチメント学会(The third international conference on environmental enrichment)が開催され、私はポスター発表で参加し上記の調査を発表しました。

この学会は2年ごとに行われています。

参加者の多くは動物園関係者でヨーロッパやアメリカの動物園人(特にDirectorやCuratorの役職の人が多い)が大多数を占めていました。研究所や大学関係者がちらほらといるという感じでしょうか。

この会議については、The Shape of Enrichmentという団体がホームページをもっています(http://www.enrichment.org/)。

とてもきれいなホームページで、この学会の報告のほかエンリッチメントに関するビデオなどの貸し出しも行っているので、一度利用してみてください。

学会の発表の内容は、ほとんどがどのように環境エンリッチメントの取り組みを行い、その結果どうなったかというものでした。

各動物園の試行錯誤が感じ取られる内容です。ただ、環境エンリッチメントを評価するときの記録の取り方や分析の仕方など、研究者としては基礎的な発表もありました。また、6日間の会議中にはワークショップが有り、どれも活発な論議がとびかっていました。

学会に参加し、動物の飼育にあたっての問題は世界中どこでも共通であることが分かり、日本がひどく乗り遅れているわけではないと感じました。

しかし、こうやって議論される十分な土台が日本にはないというのも事実です。

動物園関係者の環境エンリッチメントについての理解が高まり、また一般の方々にこの問題への強い関心がもたれることを期待します。

手作りパンフレット

環境エンリッチメントのすすめ N o.1 -チンパンジーの放飼場に木を植えよう-

環境エンリッチメントのすすめ N o.2 -チンパンジーのジュース飲み-

環境エンリッチメントのすすめ N o.3 -チンパンジーのはちみつなめ-

チンパンジーの食べる・食べない樹木リスト -日本の樹木-

参考文献

コリン・タッジ (1996) 動物たちの箱船 -動物園と種の保存-. 朝日新聞社

Novak, M. A. & Petto A. J. (1991) Through the looking glass -issues of psychological well-being in captive nonhuman primates-. Amrican Psychological Association Washington DC

お願い

チンパンジー飼育について詳しい方法を書いた文献( The care and management of chimpanzees in captive environments )があります。全文英語なので和訳したいと思っています。協力してくれる方を募集しています。

(↑この文章は当時のものです。その後、仲間たちとの翻訳により「アメリカ動物園水族館協会(AZA)チンパンジー飼育マニュアル日本語版」の発刊まで至りました)

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