環境エンリッチメントって?(2)PK誌より
2.2 環境エンリッチメントの評価
飼育環境に何らかのエンリッチメント作業を施した後に、それが動物の幸福な暮らしを促進させるのにどれだけ寄与したかを評価しなくてはなりません。
しかし、動物がこの環境のここが良いとかあそこが悪いとか話してくれるわけではないので、エンリッチメントに対して評価することは非常に困難です。
そこで、何らかの尺度を設定してそれを客観的に測定する必要があります。
血液を採取し、ストレスに関連するホルモンの変動を測定するといった生理学的方法もあります。解剖学的な判断や発育の程度、繁殖成功率を指標とすることもできます。
また、動物の行動を直接観察し、動物の怪我の頻度や異常行動の頻度を指標にすることもできます。
近年環境エンリッチメントの測定によく使われているのは、飼育下の行動を調査し、それを野生での行動と比較するというものです。
私の研究では、行動の中でも特に”行動のレパートリー“と”それぞれの行動レパートリーの時間配分“を行動学的視点から定量的に表し、それを野生下で得られた知見と比較する事で評価しています。
①行動のレパートリー
一般に、飼育下の個体の行動レパートリーは、野生下のそれに比べてかなり少なくなっています。その原因は、飼育下では手に入るものや利用可能な空間が少ないからでしょう。
また逆に、飼育下でしか見られない、檻なめや吐き戻しといった行動も見られます。
そこで、飼育環境に木の葉を入れたとしましょう。
ベッド作りの行動が見られるようになり、檻なめの行動が見られなくかもしれません。も
しそうだとしたら、飼育環境に木の葉を入れることでその種が本来持っている行動のレパートリーに近づいたことになり、環境エンリッチメントとして効果があったといえるでしょう。
②行動の時間配分
例えば、人間を含め動物の生命維持のために重要な行動の1つである採食行動を取り上げ、考えてみましょう。
野生動物は活動時間の多くを採食行動(餌を求めての移動、探索、採餌行動を含む)に費やしています。
例えば、野生下のチンパンジーでは活動時間の54~57%(Wrangham, 1977)を採食行動に使うという報告があります。
つまりチンパンジーは1日の半分以上の時間を、食べ物を探して移動したり食べる時間に費やしているのです。
一方、飼育下での採食時間はきちんとした報告がないのですが(きっと、悪い状況を報告することは少ないのでしょうが)、1日に1回か2回の給餌が与えられ、ほんのわずかの時間で、その日1日のほとんどすべての食べ物を平らげてしまうのではないでしょうか。
また、餌はバナナやリンゴなどごく限られた数種類になりがちです。消化の良い物が多く、それらを見つけるために探し回ったり移動する必要もありません。
この採食時間の短さが口唇部への刺激を求めることになり、糞食や吐き戻し、過度のグルーミングによる抜毛といった異常行動が引き起こされると考えられています。
また採食時間が極端に少ないので、チンパンジーの1日の行動の時間配分が歪み、異常行動をする時間や何もしないで退屈そうに過ごす時間が長くなると思われます。
もし、1日1回の食事を2回ないし3回、4回と増やすことで採食行動に費やす時間を延ばせば、退屈そうにしている時間や異常行動の時間の割合が減少するかもしれません。
それはその種が本来持っている行動の時間配分に近づいたことになるので、環境エンリッチメントとして効果があったといえるでしょう。