環境エンリッチメントって?(1)PK誌より
環境エンリッチメントとは、アニマルウェルフェアの立場から飼育動物の”幸福な暮らし”を実現するための具体的な方策のことです。
ここでは、関西の動物園飼育担当者らが中心になって作成されていた冊子「The professional Zookeepers」に1998年に掲載された「環境エンリッチメントって?」をもとに、ウェブ掲載用に加筆、修正したものを掲載します。
以下が元の文章となりますので、引用の際には以下の出典を明記してください。
環境エンリッチメントって?
落合知美 (1998) The Professional Keepers. vol. 4, pp3-10.
環境エンリッチメントって?
環境エンリッチメントという言葉は一般の人々にはもちろん、研究者や動物飼育に携わる人でさえもなじみが薄いようです(※1998年当時の話です。現在は動物園関係者なら皆、知っている言葉となりました)。
環境エンリッチメントについて説明する前に、現在の飼育環境の問題点を明らかにしておきたいと思います。
1、飼育の問題点
現在、多くの動物が、家畜や動物園の動物、実験動物などとして、人間の手で飼育されています。
しかしこれらの飼育動物では、繁殖障害や発育障害を持つ個体も多く、意味もなく同じ事を繰り返す行動(常同行動;stereotypic behaviors)や、糞食(coprophagia)や吐き戻し(regurgitation)といった異常行動(abnormal behavior)も観察されます。
その原因として、その動物の飼育環境が適当でないことが考えられます。
飼育環境に、ほんの少しのくふうを加えるだけで、それらが改善されることもあります。近年、動物福祉の考えが普及し、その観点からも飼育環境の改善は必要とされています。
特に動物園は、教育の場、研究の場、自然保護の場としての役割を持つといわれています。
例えば、自然保護として自然破壊により生息環境が奪われた野生動物の避難所としての役割を果たすためには、人間の手により保護するだけでなく、将来的に生息地に返しても生きていけるように、動物本来の行動を失わないよう飼育する必要があるでしょう。
そのためにも、今の飼育環境ではとても充分とはいえず、改善する必要があるのです。
ではなぜ、改善が必要な飼育環境が多いのでしょうか。
飼育環境というものについての考慮があまりされなかったのも1つの原因ですが、歴史的な原因もあるようです。
1980年代までは野生動物に対する知識も少なく、動物を飼育環境に導入したとたん、死んでしまう個体が多かったようです。
特に動物園では、多くの人の出入りを伴う場所のため弱った動物が感染症にかかり易く、衛生面に気を配る必要がありました。
そういった時代の流れの中で、飼育環境も衛生面を第1番に考え、掃除や殺菌が簡単に出来るようなコンクリートやタイルの床や壁が多くなったようです。
また、動物に対しての知識が十分得られていなかったため、動物の予測不能な行動や力を案じてか、重い鉄の扉や鉄の格子が使われています。
現在では、野生での調査も進み、また多くの飼育員や獣医などの努力で、動物の病気や動物自体に対する理解も深まりました。
しかし、飼育環境はいぜん昔の形を残しています。コンクリートやタイルで囲まれた無菌状態の生活が、私達ヒトを含む動物において、はたして本当に良いのかという議論もあります。
動物はどんな環境にも適応しようとしますが、適応しているからといってそれで良いわけではありません。
動物園が教育の場、研究の場、自然保護の場といった、その社会的役割を十分に果たすためにも、本来の生態環境に近い飼育環境を提供し、飼育動物が本来の暮らしと同じような暮らしを営めるよう努力する必要があると考えられます。
動物たちが暮らしやすく、見ている私達もその動物に対して正しい情報が得られるような飼育環境が、今求められているのではないでしょうか。
2、環境エンリッチメント
2.1 語句の説明
そこで出てくるのが環境エンリッチメントです。
環境エンリッチメントとは「動物福祉の立場から、飼育動物の”幸福な暮らし”を実現するための具体的な方策」のことです。そこで、まずこれらの言葉一つ一つについて説明したいと思います。
動物福祉(animal welfare)
「人間のためになるという目標を満たすように動物が使われるならばやむを得ないが、その動物が被る痛みや苦しみは最小限に抑えなければならない」という考え方です。
よく似た言葉で動物の生きる権利(animal rights)というのがあります。これは、動物にも生きる権利や実験されない権利、飼育されない権利があるという考え方であり、たとえ人間のためになるとはいえ動物の使用を認めていないという点で動物福祉とは異なっています。
現在、日本ではこれらの言葉の定義はあいまいで、混同して使用されることも多いようです。
幸福な暮らし(psychological well-being)
動物福祉という立場から見て、実現すべき目標です。
飼育動物について、その動物の身体的な健康や衛生だけでなく「心」も重視されなければいけない、心身ともに健全な暮らしがあるという考え方です。
過去には人間以外の動物には「心」がないと考えられた時もありました。
しかし、大型類人猿などを対象とした研究から、ヒト以外の動物でも言葉を操る知性を持ち、喜怒哀楽の感情を共有できることがわかっています。
また、進化の上から見ても人間だけが特別だと考えるのは難しいでしょう。
人間と言葉を共有しない動物の、心の幸福を理解することは難しいことです。
しかし、その動物の行動や生態や社会などについて理解を深めることが、動物の心の理解を助けることになるのではないでしょうか。
環境エンリッチメント(environmental enrichment)
環境の充実化や環境の豊富化とも訳されています(※1998年当時の話)。
動物福祉の立場から、動物の幸福な暮らしを実現させていく、そのための具体的な方法という事になるでしょう。
環境エンリッチメントにはケージのサイズを大きくするといったものから、給餌回数を増やす、給餌方法をくふうする、ロープを張る、複数の個体を一緒に飼う、人間が相手になって遊ぶ、など様々な種類があり、それをどのような形で進めていくかは飼育する私達が検討し、その状況に合った最適なものを選ぶべきです。
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